2018年3月27日火曜日

小島きみ子さんの『僕らの、「罪と/秘密」の金属でできた本』について


小島きみ子さんの『僕らの、「罪と/秘密」の金属でできた本』は、神秘的な愛の書物であると感じた。行分けの詩作品と批評的ディスクールに裏付けられた散文詩との織りなす綾織りから浮きあがってくるのは、時空を異にする場所に在る他者、「私」、「僕」との間に交わされる、非常に霊的な交歓である(「霊性で語りあうのですから」(11 (Hard・Bの鉛筆で書かれたスケッチ)))。

 「私」は「彼女」に、「あなた」は「僕」に、つまり「私」と「他者」とが自在に入れ替わると読むことが可能であるような不思議な空間が、そこには立ち現れる。


たとえば「4(薔薇色の、瞳を閉じて)」の第一連~第二連では、一行の空白を置いて、「私」は「彼女」となり、(「私は私の影と小さな黒い箱の中で眠った。//彼女の背中には村々の明るい灯が燈り、」)第4連では、改行の後、「あなた」は「僕」へとすり替わる。(「《握手しましょう》《接吻しましょう》とあなたは私に言う、/僕はすべてを知っていました、/僕らは間違ってはいませんでした、」)

 
そして他者は、単に死者であるとも言えない。「6  (ブルーベリーの丘で)」...において、第一連でブルーベリーは「喉がかわかないように 摘みながら食べるのよ」「と、教えてくれた」「そのひと」は、最終連では「たった一度きりの、遙かな、/時間を超えてやってきてくれた姉」だと書かれる。

この世で生活を共にした後死んで、霊として現れているのではなく、最初から、異なる時間を生きる者として、また、実際に姉なのかどうかもわからない存在として、「そのひと」は書かれている。この神秘的な時間の流れは、「12(白鳥)」でも言及される。
(詩集では下揃えで組まれており、Wordでは下揃えで引用したのですが、ブログにコピーすると左揃えになってしまいます。申し訳ありません)

 
 
霧と霧 湖の漣
あなたと僕は
別々の時間の流れをもっているのです

輪郭を失う
わたしたちの 時間の流れ
[ ...]

 
 
特に強く印象に残ったのは、「10(夢の中で夢見たものには、追いつきはしなかった)」である。いるのか、いないのか、輪郭も定かではない他者である「あなた」の「声」を「見ていました」と詩人は書く。本来、音として「聞く」はずのものを、詩人は「見る」。詩の言葉から、この世のものならぬ存在とその存在が生きる時間とが立ち上ってくる。
 
 
口笛を吹くと
空から下りてきたのは
あなたの灰色の影
わすれていた昔に
あなたはここへやってきていたのに
私のもとへとどく前に

それは あなただったのに
何度も頬に吹いた風
熱く冷やされて
それを受け止めながら
目をどこに向けても
そこに存在するあなたのことば
私の思っていたことばとは違うそのことばが私を運んで行く
どこへ?
彼方へ
[ ...]



 

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